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1. 大神針

大神針は午前5時きっかりに起床する。それより早くもなければ遅くもない。最適なコンディションを維持するためには、睡眠時間の確保がなによりも重要であり、生命に危機が及ぶような緊急事態でない限りは、睡眠を疎かにしてはならないーーそれが前職での鉄則だった。当時の習慣が未だに染みついている。

彼はまず洗顔をし、それからトイレで用を足す。次に味噌汁の出汁を取り始める。これもルーチンワークである。厳格な規律を自らに課し、生活を徹底的にシンプルにしていくこと。それが生き延びるためのコツなのだ。

生き延びる。随分と物騒なことを考えるもんだ......と彼は自重気味に思う。平和ボケしたこの国で、それほどの緊張感を持って生きる事に意味はあるのだろうか。だが、生活の中で染みついた習慣というのものは、そう簡単に変えられるものではない。規則正しい生活をすることが悪癖だとも思えない。

午前7時に米が炊きあがる。そこで大吾を起こしにいく。母親に似たのか、息子はひどく寝起きが悪かった。彼は大吾を起こすために布団を引き剥がし、ぐずる息子を無理矢理キッチンに抱えていった。

食事はいつも簡素なものだ。炊きたての米に味噌汁。それに卵焼きか魚を焼いたものがつく。素材は申し分ないものを使っているが、子供が喜ぶ食事とは言い難い。それでも大吾が文句を言わないは、家に母親がいないことについて、子供なりに気を使っているのかもしれない。だとすれば、随分と気の毒なことをしている。

とはいえ大神針にはどうすることも出来ない。彼にとって料理とは、生存するためのエネルギーを確保する行為でしかない。「料理とは誰かの笑顔を見るためのものだ」などという再定義は、彼にとって砂漠で水筒を持たずに1週間暮らす事よりも難しいことだろう。

アラームが鳴った。

「時間だ」大神針が言った。

大吾はそそくさと茶碗の中の白米を口の中にかきこみ、椅子を降りて着替えを始めた。必要なものは全て揃っているし、完全に整理されている。それが大神針のやり方なのだ。

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