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プロローグ

 まえがき

 2016年元旦。
 初夢にて。
 ある女の子が、壁のポスターと会話している夢を見た。そのポスターは女の子から「先生」と呼ばれていたが、実は失踪した彼女の父の意識が反転したものだった。すなわち、反転というからには、もう一つの世界が隣り合わせ、あるいは背中合わせに存在しているのだということを示していたのだ。
 それがわかったのは、最初に登場したその女の子が、ある男に誘拐され、監禁されていた部屋の、まさに彼女がロープでくくりつけられていたその柱の反対側、彼女と背中合わせにもう一人の女の子の姿を見たからだ。そしてそのもう一人の女の子とは、誘拐された彼女がもう一つの世界で有するもう一つの人格そのものだったのだ。
 そしてその物語では、彼女以外に両方の世界を同時に、つまり、二つの人格を持ちながら一つの意識として行き来することができる者は存在しなく、二つの世界の関連性を見出すことができるのも彼女だけだということなのだ。
 彼女は、ユングの提唱した「共時性(シンクロニシティ)」を見事に説明できる女性であり、その彼女はある日突然私の夢の中に現れたのである。
 すなわち、無意識が見えるならば、「偶然の一致」という概念を成立させている「ミッシング・リンク(失われた因果性)」が白日のもとになるということを私は感じた。
 目覚めた私は、その記憶が私の無意識に沈み込んでしまう前に、慌ててメモを取った。そして、スライド写真のようにまぶたの裏に残ったいくつかのビジョンをつなぎ合わせて行った。しかし、彼女のもたらしたメッセージの全てを理解するには、私には概念が足りなすぎた。
 今年、2017年元旦。同じことが起きた。やってきたのはその彼女ではなかったけれど、私は夢の中で気がついた。「これは一年前の続きだ」と。
 また目覚めた私は、昨年と同じようにすぐにメモを取った。
 「無限遠点のゼヱレ」はそのようにして綴られた物語である。
 

 もう何日になるだろう。

 いや、何週間。の方が正しい。何がって、最後の客から数えて。最後の施術から。
 
 二〇二四年、八月。
 
 うだるような暑さの中、僕はやっとの思いで事務所に戻って来た。さっきまで近所にチラシを撒きに行っていたのだ。
 
 世間では、人間そっくりのロボットが、人間に変わって労働を担い始めていた。そんな時世に、僕はロボットでもできるような仕事を、自分の食い扶持の為にやむなくやっている……。

 なんて情けない。
 
 中野駅から徒歩二十分。ごく普通の住宅街の一角に築四十年は立ったであろう古いビル。僕の事務所はこのビルの二階にある。

階段室に入るとコンクリートの冷たさが少しだけ心地よかった。ただし、この時期の湿気は、やはり、どうにも鬱陶しい。
 
 差し込み口の札に201と書かれたポストには、いくつかの封書が差し込まれていた。
 
 はあ……。
 
 思わずため息が出る。
 
 十中八九、請求書だろうから。
 
 僕はその封書の束を取り出して、二階の事務所へ向かった。左手に掴んだビニール袋の重みで指先が痺れ始めていた。二リットル入りのペットボトル。

水を二本買って来た。
 
 干からびるのは財布の中身だけでいい。
 

 いや、それも良くない!


 事務所の玄関のドアを開け、壁のスイッチを、案の定、請求書だらけだった封書の束を掴んだままの右手で押してルームライトを点けた。

 この部屋は日当たりがあまり良くなくて、日中でも照明がなければ薄暗いのだ。
 
 こんな、カンカン照りの日でさえ。
 
 買って来たばかりの水をグラスに注いで、一息に飲んだ。
 
 なんと言う至福。
 
 この後、何をするかは決まっていた。
 
 パソコンを開いて、メールのチェックだ。
 
 まるで、遠距離恋愛中の彼女からの連絡を待つ純粋な青年のような気持ちと言ったら、こんなだろうか?
 
 いや、それは僕の話じゃあない。
 
 危うく現実逃避しかけるところだった。
 
 そうは言っても、想像というのは。

 妄想というのは人の力で簡単に止められるものではない。
 

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