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無意識に袂に手を入れ、取り出した盃を翳すように眺める聡ちゃんの横顔に魅入られていた。
「盃はかのんちゃんからなのよね?」
「はい。あの盃は蓮との再会の暁に渡そうと用意していました。」
この盃は硝子細工が精巧で今では手に入らない骨董品。雷獣の閃光でできる結晶が埋め込まれているから。所長の銀色の瞳が点滅するように、透子さんの金色の瞳が乱反射して光るのは、盃の結晶に反応しているのだろう。
「この盃は聡ちゃんが持っていて。」
「ええっ!?」
大声を上げたふたりがウザい。一般的に流通する盃ではない。月を司る透明族には不可欠なものだけど、ふたりに渡すと悪い比和になってしまう。
盃を持つ聡ちゃんの掌をそっと包み込んだ。現世と異世の狭間は、わたしの結界内でも力を消耗しているだろう。
ぐったりしてる聡ちゃんへ秘めやかに力を送った。
「この盃は人とは異なる者と契約を交わす時に役立つわ。聡ちゃんに持っていて欲しい。」
「貰ってもいいのか?」
「うん。雷太の主である聡ちゃんが持つべきよ。」
「サンキュー。」
わたしはソファーから腰を上げた。
「所長、透子さん。聡ちゃんを頼みます。わたしは帰ります。雷太。弥雷の元へ。」
【御意。】
久しぶりに雷太ときりん芸者会館に帰った。
翌日。迎えに来た母の車に乗り、助手席で見慣れた景色をぼんやり見ている。そんなわたしを黙って見守る母に感謝しながら、昨夜の出来事を振り返っていた。
久しぶりに人為らざる者と対峙した。敵意はないが味方でもない他種族の者だった。打ち解ける手段として杯を交わすことが必須だからこそ、予め用意周到に先回りできた。
吸血族や透明族は陰の種族で夜行性で昼間の行動が限られてしまうけど、非常に力が強い。
天狗族や獣人族(狼男や猫叉、河童等)は陽の種族で、夜には身を潜める習性があるけど、人間の世界に溶け込むことに躊躇はない。
また純血種の透明族は稀少で、見目麗しい透子さんは別種族に狙われやすい。あの御方も透子さんを伴侶にと執拗に攻めてきていたが、所長の強さを認めて退散したようなものだ。
強さとは力を有するからではなく、守りたいひと護るべきモノを知っていることだと思う。
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