人生最高の夜

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17時30分。 本日も無事に仕事を終えると、いつものようにロッカーで着替えを始めた。 ちょうどその時だった、スマートフォンが着信を告げてくる。 液晶画面には見慣れた番号――。 「なんか用?」 「つれないなあ……誕生日おめでとう」 「めでたくなんていわよっ!」 「はははっ。まあ、そうだろうな。因みに今年も相変わらずシングルか?」 「うっさい、余計なお世話よっ!」 「相手がいないなら、付き合うぜ」   篤志はおどけるようにいってきた。 因みにこの男とぼんくら女の見合いは、見事破談に終わった。 原因はぼんくら女が、篤志を捨てて本命に走ったからだ。   悲劇のお見合い相手――ぼんくら女の父親である専務は、篤志に手厚く謝罪してきたそうだ。 ようするにこれは、上司にひとつ貸しを作ったということになる。 彼の出世コースをひた走るという当初の目的は、結果的には成功した。 ったく相変わらず悪運の強い男である。 「アホか、男なんて両手に余るほどいるわよ」 「そうか、それは残念だ」 「っていうか、あんたも私なんか誘ってないで、そろそろ他の女でも探したら?」 「こっちはどっかの三十路と違って、そこまで焦る必要はなんいんでね」 「今度、三十路っていったらグーで殴るわよ」 「おお、怖い」 「そんじゃ、もう切るわよ……それと一応、ありがとう」 「ああ。それじゃ、その(・・)()たちとやらによろしくな」   なにが ”よろしくな” よっ! 心の中でそう叫びながら、私は電話を切った。 すると途端に強烈な虚しさが襲ってきた。30女の見栄丸出しの嘘……。   だがいわずにはいられなかった。 それになにが悲しくて、元カレと誕生日を祝わなきゃならないのよ。 私は溜め息を漏らしながら、着替えを再開した。
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