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ナディルは頷き、そして言った。
「ファルグレット侯爵一族は、出奔しました。侯爵自身がアーヴァーンに戻らぬ限り、アーヴァーン王家としては、カジェーラ殿に手を差し伸べることは出来ないでしょう」
「侯爵自身って、それ、エリュースのこと……?」
ガガが、遠慮がちにナディルにささやく。
ナディルは黙り込んで、ガガの質問を無視した。
「未来のオーデルク大公どの。報いるとは? 私もナディル王女と一緒に、オーデルクに連れて行ってくれるということかの?」
カジェーラが訊ねると、フィリアスの臣下たちの間に、緊張した妙な空気が急降下する。
不安げに眉をしかめ、何か言いたげに口を開けたまま、彼らはフィリアスとカジェーラを見守った。
「もちろん、来てくださってかまいませんとも。オーデルクには、大公家付きの魔法使いは現在おりませんからね。ここくらいの広さもなく、花畑も付いていないかもしれませんが、屋敷も用意致しましょう」
フィリアスが明るく答える。
フィリアスの臣下たちは、慌てふためいた。
カジェーラは、ふふっと笑う。
「冗談じゃ。そなた、家来たちの顔を見たであろうが。絶句しおったぞ」
カジェーラに一瞥され、オーデルクの人々は慌てて目を伏せる。
「たとえ何代か前の大公の元婚約者であろうとも、そして冠を取り戻すのに尽力したとしても、私は彼らにとっては恐ろしい魔女じゃ。私をオーデルクに連れて行くということは、揉め事の種を持ち込むのと同じことぞ」
「ですが、あなたには何かして差し上げたいのです。ぜひとも」
フィリアスが言う。
カジェーラは、やさしくはかなげな少女の顔で微笑んだ。
「その気持ちだけで十分じゃ。私に残された時間は短い。私はその時間を私の使いたいように使う。静かにひとりでここで過ごし……そして最後にやらねばならぬことがあるしの」
「やらねばならぬことって何だろ?」
ガガが、首をかしげた。
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