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ベン…ベン………ベン…
眩しい程の月夜。
冷えるのをいとわず縁側の障子を開け放ったまま、部屋の真ん中に座り込む女。
奏でるでもなく、ただ音を鳴らす三味線の音は女と同じく、どこか呆っと響く。
心ここに有らず…という風情の女はそれでも酷く美しかった。普段は少しきつい印象の顔立ちだが今は成りを潜めている。
女が小さく息を吐いた時、感情の無い三味線の音が響く部屋の襖が静かに開いた。
「…駄目ではないか…こんなに開け放って。風邪を引くぞ?」
足音を立てずに入って来た男は行灯に火を着けて、縁側の障子を閉めた。
そして部屋の隅にある火鉢を女の傍に移動させて隣に座り込む。
「ん?火が弱まってるじゃないか」
言いながら火箸で炭をつついたりひっくり返している。
「…すんまへん…」
小さな女の声に男は柔らかく笑む。行灯に映し出された男の顔もまた酷く整っており優しげな雰囲気を纏っている。
「…元気を出せ。今動ける者に探させているから直に…」
「あの子は…もう帰ってきまへんぇ」
男の言葉を遮り女は三味線を爪弾いた。
「もう二度と帰らへんってゆうてましたから…」
寂しそうに微笑む女の肩を抱き困った様に笑う男。
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