陶山千鶴

【コメント連載作品。五話目。食人鬼と武芸者】 爆風が吹き荒れ、土煙がもうもうと立ち込めていく。どうして、こうなっただろうか。どこから間違えただろうかと、由真は思った。あんな化け物と出会い、右腕を失うことになっただろうか。 最初の歯車が狂ったのは、ここらあたりいったいをおさめる領主の屋敷に使用人として忍び込んだことが、間違いの始まりだった。こっそり忍び込んだのでは、見張りに見つかってしまうなら、盗賊としてではなく、使用人として内部に忍び込めばいいと思ったのだ。 あとはどさくさにまぎれて、金品を盗み、姿をくらませばいい。かなり無理な仕事だったが物怖じするより、やってみる。盗賊は迷った者から死んでいく。由真なりの経験からくる、教訓である。 けれど、由真は、ここで諦めるほうを選ぶべきだった。ある夜、屋敷に忍び込んだ、あの蛍火と名乗る、化け物と出会うことになるのだから、 (チッ、さっさと逃げればよかったのにな) 由真は、彼女を一目見て、こいつはマズい。さっさと逃げるべきだと思った。白髪に巨大なノコギリを片手に持つだけでも異形なのに、男達を次々と斬り殺していく。あたり一面に鮮血が舞い散り、死体が転がっていく。これだけなら、まだいい。 (その死体をボリボリ、食い散らかすんだから、さらに最悪だ) 肉も骨も、足も、手も、頭も、身体、全部を髪の毛、一本、残さずに食い尽くしていく。どんな身体をしているんだとツッコミは不要だろう。 (あれは、人じゃない。化け物だ) あんなのとまともに戦っても、勝てないことはわかりきっていたのに。 「さすがに、あれじゃ、身動き封じることぐらいできるだろ」 爆風をまともに受けたのだ、死んではいないかもしれないが、身動きはとれまいと、由真が一瞬、油断してしまった。 土煙を突き破り、青白い腕が由真の首筋を掴んだ。呼吸が阻害され、ケッと目が見開く。メリメリと指が食い込み、由真の身体を持ち上げていく。 「やってくれますねぇ、痛いじゃないですか」 「くっ、くそ、この化け物が」 じたばたと手足を動かすが、全く振り払えない。こちらの首の骨を折られてしまう。 「ははっ、その化け物に目をつけられたのが、間違いではなくて? あんな使用人なんて、見捨ててしまえば、よかったでしょうに」
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