たすう存在

ファンタジーでありながら、しっとりとした空気感のため、歴史小説寄りの作品と感じました。 起こっているのはとても不思議であり得ないことなのに、もしかすると沖田総司の身には本当にこういうことがあったのかも知れないと思わせてくれます。 黒船に乗りこの国にやってきた黒猫は、とぼけた風なのに時折、その胸の奥に仕舞い込んでいる熱いものを覗かせます。 この黒猫があの黒猫だと知った時(実は教えてもらうまで全く気付きませんでした)、その物語の中で彼は何をどう感じていたのだろうと、これまでにない視点であの作品を読み直しました。 プルートゥは(あの作品での二匹の黒猫が同じ猫なのかどうかは分かりませんが)、もしかすると自分の体験したことを総司に聞いてもらいたかったのではないか。 そしてまた、罪の意識を感じることなく沢山の命を奪った総司が、それでも、かつての己の飼い主とは全く違った性質であったことを嬉しく思ったのではないか。 プルートゥの総司に対してのおせっかいとも言える行動や、最後に手を差し伸べたことの裏側には、自分が捨て切れない人間というものへの愛着が正しかったと思えたからではないだろうか等々、色々と考えさせられました。 対して沖田総司。 そもそも、命令のままに人を斬ることに疑問も罪悪感も持たない新撰組の剣士と、人間にひどい目にあわされ、その復讐を遂げた過去のある冥府の猫との間にどのような関係が築かれるのか。 事実、最初総司は特に理由もなく黒猫を斬り捨てようとします。 ですが、黒猫との交流のうちに、死に臨むごくごく短い期間に、総司は本当に自分が大事にしたかったものに気付きます。 決して幸福な終わり方ではありませんが、 近藤や土方とともに夢中で駆け抜けた新撰組での時間が、プルートゥと出会えたことで、 沖田にとってはようやく結実したのではないでしょうか。 そしてだからこそ、 己が孤独の地獄に落とされようとも黒猫を斬らないという総司の選択は、悲しくて美しい。 やがて土方の最後の時に姿を見せるプルートゥは、彼に何かを伝えるのでしょうか。 限られた空間と時間を描くことで、時代の終焉を描いた、透明感のある悲しくも美しい傑作でした。 ありがとうございました。
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