私たちは、もっと賢くならないといけない。 哀しきかなひとの性。 ひとは、自分の知っている範囲で判断、行動しなければ生きては行けない。 そして、その範囲が狭ければ狭いほど、『常識(自分の日常)』と離れたものは受け入れられなくなってしまう。 だから宗教や芸術は一般受けしづらい所があるし、受け入れられないひとによって破壊されてきた歴史もある。 およそ『普通』の生活をしているひとには、役に立たない芸術や他国の文化は、理解しがたいものでしょう。 しかし、ここに宇宙の真理がある。真理の山とはもっと高い、ひとには理解しがたいもの。 古今東西、それに近づくために宗教、芸術も含むこういった活動は、『その道に詳しい人』が『複数集まって』行われてきた。 しかし『今見えてる範囲で普通に暮らせればいいや』くらいの考え方の人も情報発信できるように。 ここに崇高な理念の欠如が。『気軽に手軽に』が『何としてでも!』という情熱を奪ってしまいました。 少年老いやすく学成りがたし。 全身全霊を込めてこそ扉は開かれるものですが、そもそも『ムラ社会』の中で暮らす人はそんな事望まないし、望んでもいけない。 『内』のひとが自分の所の常識で『外』に挑むのだから、相手側では非常識という事もあるはず。しかし、それに気づいていない、という問題はあまりに無邪気です。 うたうもの様的評論? いろいろ考えさせていただきました。
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けいさんレビューありがとうございます(^ ^) 井の中の蛙大海を知らず。されど大海を渡る時その尊さを知るなり。 井の中の蛙でいいんです。 大多数の人は井の中の蛙ですから。 その井の中の蛙の人たちが、多様な芸術や文化があることに喜びを感じられる世の中にしたいですね(^ ^) ときどき、論文みたいな小難しい作品を書きますが、なにとぞお付き合いください(笑)

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