覇王樹朋幸

 突然のレビュー失礼します。作品に感銘を受けまして、書かずにはいられませんでした。  言えるものなら、声を出して言いたい、そんな一言が誰にでもある。それは人によっては呪詛の言葉だったりするし、人を小馬鹿にするような言葉だったりもする。そんな「声を出して言いたい言葉を言えない」という言葉を胸に抱えて生きていると、当然苦しい。その言葉の質、数、それを抱え続けた時間、そしてなにより、その言葉がどんな種類の言葉であるかで、苦しさの度合いは決定する。相手を怒らせたり傷つけたりしてしまうような言葉は「それを言わない事で大人の対応をしていると自分に納得させる事ができる」ため、まだよっぽど気が楽だ。何が一番苦しいか、それは紛れもなく恋心を搭載した言葉だ。「好き」が理屈じゃないという事を知ったのは、いつの頃だったかはもう覚えていない。学生時代に好きだった異性は、今でも好きだ。その人はもう結婚しており、Facebookでかろうじてつながりはあるものの、今ではもう何の交流もない。そういう機会が無いだけなのか、意図して会おうとしないようにしているのか。しかし、もし会えば、きっとあの時の想いを思い出してしまうだろう。相手は誰かの伴侶、それはいけない。いつか、いつか思い知らせてやる、自分を選ばなかった事を、後悔させてやる。  昨今の文壇では、「見栄」を気にする女性たちの醜い争いばかりが描かれたりしている。大人の恋って、そいうものなのか? そんなものなのか? 違うだろう。それは恋愛とは呼ばないだろう。「あの人は会社の御曹司だから」だから結婚するのか。そこに恋愛感情はあるのか。そこにあるのは、「その人」ではなく「御曹司」と結婚するという意味だけだ。そこにはもはや、「恋愛感情」という宝石は存在しない。対して本作は、そんな感情を見事なまでに美しく描き切っている。時には嫉妬に歪む時もある。しかしそれでも、その心は純粋だからこそ美しい。ある種、他の要素を清々しいまでに切り捨てているため、意図した事がダイレクトに読み手に伝わってくる。苦しい恋、それを源泉にした呪詛、その全てが等身大で描かれている。何も足さない、何も引かない、それでも読み手に伝えたい事が伝わる。過不足無しの満足感。読んだ後にほっこりとどこか幸せになれる、そんな作品だと思う。こんな作品も、あるのだ。  良い作品をありがとう。
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