有月 晃

書き手による、書き手の為の物語。 そう言ってしまって、良いだろうか。 広く一般に共感される物語ではないのかも知れない。だが、妄想コンテストで提示されたテーマに向き合った著者が、自らの内面から掬い上げた一つの閉じた世界であることは間違いない。 冒頭、視界に映る人物や物体を描写する主人公の淡々とした語り口。「編集さん」と呼ばれる男性の首筋には「うっすらと汗の玉が浮き出ている」し、お冷やのグラスは「泣き濡れたように結露の水滴が全体を覆って」いる。 緻密さに奇妙な静けさが同居する描写に惹かれながら、一方で不可解な違和感が鎌首をもたげる。主人公の透明度が高過ぎる、とでも言おうか。だが、やがてそれも結末に至って静かな調和へと姿を変えていった。 作中において独白される主人公の感覚はまさに創作者のそれであり、これが著者にとって久方振りの作品だという事実にも感じ入らざるを得ない。 良し悪しではなく、この物語に共感するか否か。一つの試金石としてこの物語を手に取り、他の書き手がどう感じたのかこっそり知りたいと、つい私も願ってしまう。 そんな稀有な掌編であり、本作品に触れられた事は貴重な体験でした。次作も期待しています、新垣さん。
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