抜群の分析力と文章力によって叶えられた、「読ませる」悪意の物語
物語は現在編と過去編によって織り成されていきます。そのほとんどは、主人公のひとり、妻・多香江の視点で進みます。 忙しい仕事も育児も、煩わしい近所付き合いもなく、さらには楽しく打ち込む趣味さえもなさそうな多香江の生活。そんな張り合いのない生活の中で、夫・幸一の不気味さ、得体の知れない生気のなさにスポットライトが当たります。 時折その息苦しさから逃れるように、母・香織や友人・奈々子とお茶をしたり買い物をしたりする多香江。そうすると、今度は彼女らのふとした嫌な部分が目に付きます。 リフレッシュのはずが、結局は疲れたような気持ちになってしまう多香江。そしてまた夫との息の詰まる生活に戻っていく……。 読み進めるうちに気づくのですが、これは他人の悪意に非常に敏感な多香江という人間の導入編でもありました。 悪い方向に勘繰りすぎてしまうこともありますが、悪意が込められている……そのこと自体は当たっているのでしょう。 ただでさえ狭い多香江の世界には、彼女を心から純粋に愛してくれる人も、彼女を満足させられる好意の示し方をできる人も存在しません。悪意アレルギーとも言えそうな彼女は、結局は悪意に囲まれながら生きています。 物語が中盤に向かうにつれ、現在編の夫婦生活と過去編の恋人時代のギャップに読者は戸惑います。特に幸一は別人のようで、どうしてあんな幽霊みたいな男に変わってしまったのかと疑問が渦巻きます。 同時に、少しずつ少しずつ、多香江の第二の性質が明らかになっていきます。 異常なまでに利己的なのです。 自分は幸せであるべきだ、自由でなければならないと本気で信じています。かといって何の努力もせず、うまくいかなければ全部人のせいにする。まるで恵まれた環境にある幼い子どものようです。 例えば、幸一の給料をほとんどそのまま受け取っている点。そのことに大きな不平を抱きつつも、だらだらと浪費し、貯金はほとんどないというのだから驚きです。しかもそれを恥ずかしいとも思っていないようなのです。 (入り切らなかったのでコメントに繋ぎます)
3件・2件
前半は多香江に肩入れして読んでいただけに、どんどん明らかになっていく強い利己主義と幼稚さにはショックを受けざるを得ませんでした。 彼女はどこまでも自分だけは正常だと思い込んでいます。その強い信念と、千勢さんの巧みな筆致により、前半までの読者はどうしても多香江にシンクロし、幸一の異常性を一緒になって嫌悪していたのです。 物語の途中、どうも幸一は結婚していることを会社に……更には両親にも打ち明けていないのではという疑惑が浮かびます。 個人的にはここが最もホラーを感じてしまったところです。 幸一も幸一ですが、問題は多香江です。付き合いのあった会社にも、幸一の両親にも挨拶をしていない。それを、全て彼
3件1件
ただ、私としては、やはり愛という火種がなければ、彼がああいう生き方を選択、実行することも決してなかったのではないかと感じました。 あの、本当に最悪の例えなのですが……現在編の幸一の異常な献身は、いわば延々と続く自○行為のようなものなのではないでしょうか(本当に最悪の例えです、ごめんなさい……)。 多香江の存在があるから生じる、続けられる。しかしもちろんやりすぎれば体調も思考もおかしくなっていく。多香江にしてみれば、好きでもない相手に「愛しています。だから毎日自○をしています」と言われても理解はできないし、恐怖でしかない。しかし幸一としては、苦しくても辛くても体が反応し、自○を続けられさえするな
3件

/1ページ

1件