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玄関まで裕を送ると、俺は彼の靴を履く後ろ姿をじっと見つめる。
何だか名残惜しくなり引き止めてしまおうかと思ったが、ぐっと押し黙る。
「──お邪魔しました。航、また後でメールするな?」
二人以外誰もいないのに、裕はちゃんと挨拶をして引き戸に手を掛けた。
ガラリと戸を開ければ、外から夕方なのにも関わらず夏特有の熱気と、ジリジリと鳴く蝉の声が伝わってくる。
外は、まだ暑いんだろうな。
最近あまり外に出ていなかったから、あの暑さを忘れていた。
「ん、了解。期待しないで待ってる」
「そこは期待して待っててよ」
「お前帰ったらすぐ寝そうだもん。ほら、明日部活あるんだからさっさと帰れ」
「航君冷たいー」
──じゃあ、またな。
クスクスと笑いながら、ひらひら。
俺に向かって振られる手。
いつものやり取りの筈で、いつもの仕草の筈なのに、何故か寂しさを感じて悲しくなって。
裕がオレンジ色の光に包まれていった時、
「───裕…っ」
ふと気が付けば、思わず引き止めていた。
引き止めるつもりは更々なくて、なのにしっかりと服の裾を掴んでいるのだから不思議。
咄嗟に出た声と手に、自分でも驚いた。
裕は、丸くした目で後ろにいる俺をじっと見る。
「航?」
あどけなさが残る、あの表情で。
自分の顔に、じわじわと熱が集まるのを感じた。
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