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篠田はコップを戻すと、そのまま机に腰掛けた。
「……そこに目をつけた水谷は黒木のスポンサーになった。
しかし、黒木の研究は誰にでも行えるわけではない。
未発達な心体を持つ子供だけ。
しかも生まれもった能力を超えて与えられる力は、心を、体を壊した。
『理想の子供』を創るため、多くの実験体が必要だった黒木は、水谷に出資させ、ここをつくったんだよ。
行き場のない子供達を集めてね。
集めた子供達には心理テストを混じらせたアンケートに答えさせるだけで、毎月の協力費を渡し、教育を受けさせ、なに不自由なく生活させるという高待遇を与えた。
本人が嫌になれば出ていく事も自由だし、周囲は宗教家である水谷の慈善事業だろうと受けとった」
やはり子供達は実験のために集められていたという事実に、怒りの感情が芽生える。
「金はかかる。
でも奇跡の力を信者に見せれば、湯水のごとく湧いてくるから問題ない。
黒木の研究成果の集合体、水無瀬草汰は『天使』として奇跡を生み続けた。
水谷には『天使』の精神がガラスのように脆く、壊れかけていても問題ないからね。
奇跡をうむ『理想の子供』でさえあれば」
『天使』とは草汰の事じゃないか、ずっとそう考えていた。
苦しい痛みが胸に広がる。
哀れんだり怒ったり、そういう感情とは全く違う、悲しく哀しい気持ちが。
本来なら守らなければならない存在が私利私欲のために実験につかわれ、その人生はおろか生死までも弄ばれている。
奇跡を生むために?
馬鹿馬鹿しい。
本当の奇跡とはこの世に生を受けた瞬間、すでに始まっている。
人間が生まれる事こそが奇跡だから。
特殊な力は人の個性と考えればいい。
羨む気持ちや妬みひがみなどが、差別化させているだけだと、そう思った。
篠田に告げると、彼は困ったように苦笑する。
「そういう風に考えられるのは明衣ちゃんがまっすぐに育ってきたからだよ。
自分とは違う特別な何かを信じ敬う事で、生きていける人もいる。
そういう人達にとっては、草汰は『天使』であり、奇跡そのものなんだ」
篠田がいう意味はわかるが……
それは黒木のやっている事を肯定したように聞こえた。
「今は理解できなくていいよ。
確かに黒木さんは手段を選ばない。
人の尊厳を踏みにじるくらいに。
でも彼の目的と、水谷の目的は違う
。
だから俺も協力しようと、そう思っていた」
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