君の一縷 

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「いいから。ほらっ」 「あ」とも言い終わらないうちに、母から譲ってもらった黒のボストンバックの取っ手は、彼の手中に入っていた。 そうかと思えば、残った左手は私の右手をしっかり握りしめて歩き出す。 「ちょっ、ちょっと!」 昔から、おっとりしていておとなしいと言われてきた私も、さすがに驚いて声を出したけれど、彼は私の目を見てまた柔らかい笑顔を見せるのだ。 さっきから、その笑顔ですっかり調子が狂ってしまう。 ――――まるで、人に愛されるために生まれてきたような人だなぁ。 そんなふうに思った。
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