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郷愁か、それに近い何かを覚え、自分の生家を見ているのだろう。
そんなキエンの姿に、セシルは無意識の内に自身の手を握っていた。
これから先の事を思えば、郷愁など不要だ。
キエンは死ななければならない。
いや、殺さなければならない。
その事実がセシルの心を殴り付ける。
それでも、キエンは着実に村の出口に向かって行く。
唯一の救いは、キエンの姿が他の村人に見付かっていない事であった。
仕事の時間である事も有り、周囲には誰も居ない。
それをキエンは好機だと、そのまま前に進んだ。
そして、唯一開拓された村の出口に立つ。
そこには屈強な男が二人。
見張りだ。
キエンの住むこのクエと呼ばれる村は、険しい山の山頂付近に存在している。
その山は背面をまるで巨大な刀にでも斬り落とされたかのような断崖となっており、森自体も樹海のように特殊な磁場を帯びている為、下手に森の中を歩く事は出来ない。
事実、蛇の道から村を出た者は過去に居ない。
それは監視官と呼ばれる者に始末されるのも一因だ。
つまり、確実に村から出るには、開拓された道を進むしかない。
だが、それは日中見張りに守られている。
普段であれば、そこに来る者を殴り飛ばし、追い返す見張りだが、キエンにそれは出来なかった。
キエンが掲げたのは、翼の描かれた印章。
それは村から出る事を許された者のみが持つ通行許可証だ。
見張りは舌打ちでもするかのように露骨な嫌悪を示すが、キエンの為に道を開けた。
「……良かったな。これでお前は自由だ」
祝福など一切無い、棒読みのような声で、見張りは言った。
だが、キエンにとってはどうでも良かった。
今はただ、村を出られるその事実に歓喜した。
「あ、ありがとう……!」
見張りに礼を言い、キエンは出口へと歩く。
その様子を離れた位置で三人は見張る。
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