序章『最初の彼女・最後の彼女』

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  月だけが存在する雲ひとつない夜空、それを見上げられる絶好なステージの上で、彼女はひとり悠然と彫像のように立ち尽くしていた。彼女の漆黒の長い髪が、夜空と溶け合うようで、彼女の白い肌が際立って美しく見えた。  ――すべての始まりは、この屋上であり、そしてすべてを終わらせねばならない場所もこの屋上になるということは、あまりに皮肉だった。  屋上へと続く階段をのぼりきったところで立ち止まる俺の体を、凍えそうな冷たい風が撫でていく。ここで引き返すのも一手だ、と夜の闇が囁いている。その全てを振り払うように、俺は一歩前に進む、地面を強く踏みしめる。ここまで来たのは何のためか。それは、彼女のためでしかない。  この屋上で彼女と初めて出会った時から、多くの時間は経っていない。彼女の何を知っているのか。彼女をどれだけ知っているのか。分からない。分からないからこそ、こうなってしまった。引き返せないところまで来てしまった。  ここで出会った彼女は笑顔の可愛い、普通の優しい女の子だった。  その彼女を好きになった。  だから、彼女を救いたい。  また、馬鹿みたいな話をして、お弁当をつつき合って、授業を抜け出して昼寝をして、学校の帰りにゲーセンに寄って、前のような日常を過ごしたい。あの時間を取り戻したい。何も変わらない、あのときを。 「来ちゃったんだ」 「残念ながら」  闇を零した夜空から、しがない俺へと、彼女の視線が移動してくる。その彼女の瞳には、悲痛の色があった。なにを彼女をそんなに苦しませるのだろうか。何を理由に彼女は悲しまなければならないのか。  それはもう分かっているはずだ。  分かっていても、だから「ああそうですか」で終われるわけがない。 「じゃあ、ごめんだけど殺すね?」  彼女の言葉は明るく放たれて、俺に届く。それを聞いて、どうしてか俺は心の中で笑ってしまいそうだった。過去に思いを馳せた時の彼女と今の彼女は、ちがうように見えて同じだ。だからこそ、すこしだけ楽しくなってきてしまった。  それでも、本気で。
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