そして時は流れる

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目まぐるしく時代は駆け、そこで何人もの仲間も失った。 「ゴフッ……ゲホゲホッ…ッ」 唇から垂れた血を、沖田は手の甲で乱暴に拭った。 「ハ…、不味い…」 自分の血の味に、自重気味に笑う。 持病の為、土方達とも袂を別ち、一人江戸に残られた沖田。 この時、彼は二十五。 (ここまで…身体が保つとは思わなかったな…) これが正直な感想。 けれど、もうそろそろ限界のようだ。 力が入らない身体を、敷かれた布団に深く沈める。 (疲れた…) 意識を手放すように眠りにつこうとした時、突如、部屋の障子が開け放たれる。 「沖田さん、今咳が聞こえましたけど…大丈夫ですか?」 現れたのは、沖田のよく見知った顔。 「………祥吾君…」 「ほら、お薬届けに来ましたよ。飲んで下さい」 新撰組の皆とは離れ離れになったが、猪瀬だけは、未だ付き合いがある。 彼は、医者松本から受け取った薬を届けに、よく会いに来てくれるのだ。 「いりません…」 猪瀬の差し出す薬の包みを、沖田は首を振って拒絶する。 「苦いのは嫌いなんです…」 「あのですねぇ…」 聞き分けない沖田の態度に、猪瀬は深い溜め息を吐いた。 「わかりました。苦くないよう煎じてみますから、少しあいだ待っていて下さい」 「祥吾君」 部屋を後にしようとする猪瀬を、沖田は何を思ったのか、ふい呼び止める。 「はい?」 「君には…感謝してます。今まで本当にありがとう…」 「え?」 猪瀬は目を大きく見開いた。 「…急に…急にどうしたんですか?貴方らしくない…」 「いえ。ただ言ってみたくなっただけです。聞き流してくれて結構ですよ」 「………」 しかし、その場を動こうとしない猪瀬。 沖田は、そんな彼に微笑みかけると、早くお薬をお願いします、と言って急かした。 「辛かったら寝ててもいいですから」 猪瀬はそう言い残し、今度こそ部屋を後にする。 沖田は彼が出て行った方を見つめ、 「…さよなら……」 そう、小さく呟いた。 重い瞼の抵抗に逆らうことなく瞳を閉じる。 どこを見渡しても真っ暗な空間。そこに沖田は立っていた。 これが死後の世界なのかと、ぼんやりとした頭で思う。 しばらく歩いていると、やがて淡い光が見えてきた。 その方角に向かって歩を進めてた沖田は、次の瞬間、思わず自分の目を疑った。
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