序章

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 生まれて初めての船旅も、ようやく終わった。  船着き場に降り立ち、二日ぶりの地面の感触にほっと息をつく。  揺れのない地面に杖と荷物を置き、大きく背伸びを一つ。  慣れ親しんだ森と土の香りではなく、石と水の匂いが胸一杯に満たされる。  少しだけ湿り気を帯びた潮風が、髪をくすぐっていく。  潮風に促され、わたしは歩き出した。  足下には故郷では見たことのない大きな石畳の道。道は緩やかな上り坂で、その向こうにはここからでもはっきりとわかる、大きな宮殿がそびえていた。  じきに、道は市場にさしかかった。  わたしは人の流れに乗り、足を進めた。  市場には活気があふれている。  威勢のいい売り子の声、軒を連ねる屋台、その脇を慌ただしく走り抜ける子供たち。  人の多さとその混雑ぶりに目を奪われながらも、先を急ぐ。  すると――  ゴォォ――ン  どこからか、澄みきった鐘の音が響いてきた。  正午を報せる鐘だ。  一瞬、市場の喧噪が止み、そして時は再び動き出した。  音の出所は宮殿ではなく、その裏手からのようだ。  わたしは市場を通り抜け、宮殿の門をくぐった。  建物の奥へと続く階段にはちらっと目を向けただけにしておいて、宮殿の脇を裏へと進む。  風に乗り、森と土の匂いが運ばれてくるのを感じたその時――  急に、景色が開けた。  どこまでも果てしなく続いている、森と手つかずの原野。  わたしは宮殿のそれを小さくしたような門の横でその景色を眺めていた。  ひとしきり目と心を落ち着かせたあと、石柱の門に足を向けた。  目は自然と頭上に掲げられた石版に向けられる。 『自分と、自分自身の可能性を信じよ』  わたしはその言葉を胸に刻みつけ、新しい生活の第一歩目を踏み出した。
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