6870人が本棚に入れています
本棚に追加
/286ページ
目の前の少女、佐伯千鶴。
昨日まで死を望んでいた彼女が、苦を乗り越え、そして今家族と一緒に前を向こうとしている。
そんな彼女の決心を後押しをすることができたという事実が、むしょうに嬉しかった。
「それなら、安心ですね」
「ええ。これも天条君、全てあなたのおかげよ。本当に感謝してる」
自分は、手助けをしただけ。
今回の依頼を解決に導くことができたのは、全て佐伯千鶴本人の力のおかげ。
―――条一の脳内にはすぐにそんな思考が巡ったが、そこは口に出さずグッと我慢。
彼女が、お礼を言ってくれているのだ。
自分は、それをありがたく頂戴すれば、それで良い。
そうでなければ、また雪城にスケッチブックで頭を叩かれてしまうだろう。
「こんな俺がお役にたてたのなら、幸いです」
「あなたらしい答えね」
千鶴はそう言って、仰ぐように空を見上げる。
「でもね、天条君。
実を言うと、私、最初は不安だったのよ?」
「へ?」
「社会的に殺すのが流儀だとか言って、一向に私を殺してくれる気配が無いし、それどころか、私の過去を詮索して、自ら危険へと飛び込んでくる。
……見ていて、ずっと冷や冷やしてたわ」
「あー……、すみません」
たしかに改めて言われると、大分千鶴に迷惑をかけてしまっていたことに気がつく条一。
今更ながら、自分の不安定な仕事ぶりに自責の念を抱いてしまった。
だが、対する千鶴は、そんな条一を一瞥して、ゆっくりと歩み寄ってきた。
「それでも今なら、あなたで良かったと心から言えるわ。
いえ、あなたじゃなければ駄目だったと思う。佐伯千鶴は死んでいて、今も形だけの綾乃が生きていたと思う」
「……千鶴さん……」
「これできっと、綾乃も安心してくれるわ。あなたは、私達姉妹二人を救ってくれたのよ」
条一の目の前まで近づいた千鶴は、そのまま自身の右手を条一へと差し出してきた。
「ありがとう、殺し屋さん」
最初のコメントを投稿しよう!