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「えっと……。
それで、話というのは一体?」
「そうね。色々と言いたいことがあるのだけど…。
まずは、単刀直入に一つだけ報告させてもらうわ」
「……?」
条一が首を傾げる。
すると千鶴は表情を変えることなく、彼のことを見据えながら一言。
「私、この町を出ることにしたの」
「はい?」
その瞬間。
二人の間の空気が凍りついた。
いや、正確には沈黙が流れたと言った方が適切か。
「……ど、どど、どういうことですか、千鶴さん!?」
「ど、動揺しすぎじゃないかしら……?」
「だ、だってですね!いきなりそんなことを言われたら流石に……。
ま、まさか、千鶴さん。やはりまだ両親と―――」
「天条君」
完全に動揺した条一の肩を、千鶴が呆れ顔で叩いた。
その彼女の冷静な態度に、条一もいくらか落ち着きを取り戻す。
「……少し誤解しているようだけれど、違うわ。
あなたのおかげで、ようやく私は、両親と和解することができた」
「だったら―――」
「でもね、だからこそ、この町を離れて、家族三人で一からスタートしようということになったのよ」
条一は、反射的に千鶴の顔を見つめた。
彼女の顔に迷いや後悔の色は全く無く、むしろ穏やかで晴れ晴れとしているようだった。
「私達家族が、偽りの真実の中で生きてきた5年間は、決して消えるものではないわ。忘れるには、あまりに長すぎる」
「…………」
「でも、そういった『忘れられない心』が……。綾乃のことを忘れることができなかった私達の弱い心が、今回の事件を引き起こしてしまったと思うの」
条一は、否定することができなかった。
千鶴も、そんな彼の反応をある程度予想していたらしく、大して気にすることなく話を続ける。
「綾乃は、大切な家族だった。
でも、綾乃はもういない。私達は、あの子の死を認め、受け入れ、乗り越えていかなければならない。
私達はこれ以上『忘れられない心』に縛られないためにも、綾乃の思い出が残るこの町を出て行くことに決めた。新しい土地で、3人で力を合わせて生きていくことに決めたのよ」
「……そうですか」
なぜだろう。
条一の口からは、自然と笑みが漏れてしまった。
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