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真っ直ぐに条一に向かって差し出されている右手。
――どうにも、最近依頼をこなすと、感謝されることが多い。
自分は殺し屋。裏社会の人間。人を社会的に殺すことを生業とする仕事を営む人間。
おまけに、まだまだ未熟者で、至らぬ部分も多い。
そのことを自覚している分、人から礼を言われるのは、何というか……むず痒い感じなのである。
でも、
でもやはり。
嬉しい。
人から、素直に感謝の意を伝えられるのは、本能的に嬉しいと感じ取ってしまう。
そんな自分は、やはり未熟者なのだろうか。
「……こちらこそ、ありがとうございました、千鶴さん」
条一は笑みを浮かべ、ゆっくりと千鶴の右手へと手を伸ばす。
そして両者の手はしっかりと握られた。条一にとっても、千鶴にとっても、久しぶりの握手。
優しく、柔らかな千鶴の手の感触に、条一は少しだけ緊張してしまった。
―――と、その瞬間、
「――ぅあ!」
握手していた右手が、急に千鶴によって引っ張られた。
当然、完全に気を抜いていた条一は、その力に抗うことなど出来ず、されがままに千鶴のもとへと引き寄せられるわけで。
―――何するんですか。
条一はすぐさまそう口にしようとした。
が、しかし、それを遮るかのように、条一の頬に柔らかな感触が走る。
今まで感じたことがないほど柔らかくて、人肌のように温かくて、それで、なぜか千鶴の顔が自分の顔のすぐ横にあって……。
―――これは……千鶴の唇が、俺の頬、に……?
「――え、えええぇぇぇ!?」
奇妙な大声を上げ、条一は逃げるように千鶴から離れた。
顔が熱い。きっと、真っ赤にまってる。
それでも、先ほどの感触は、まだ頬に残っていて……。
「ち、ちち、千鶴さん!!あなた、な、なな、何を……!」
「何って……言ったでしょ?
私は、あなたに感謝してるの。だから、ほんのお礼の気持ちを」
「お、お礼って、コレは……!」
完全に動揺し始める条一を満足そうに見つめると、千鶴は、何事も無かったかのようにクルリと踵を返してしまった。
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