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顔を上げると、目の前の席には木崎くんがいる。
彼が動くたび、白いシャツがまぶしく光る。
ふりかえる。
笑う。
困ったような顔をする。
そのいちいちが恋しくて愛しくて、私の胸はぎゅっと縮む。
教室で目にする限り、木崎くんは元気そうに見えた。
でも、ずっと元気なふり、平気なふりをしてきた彼が、意識的無意識的にそうしているのだということを、私は知っていた。
さよなら 以来、木崎くんと学校外で会うことはもうない。
だからといって、教室でまでよそよそしいわけではなく、私たちはときには話し、ときには笑った。
木崎くんは相変わらず忘れ物をするし、ときおり子どもみたいな目をしてすねる。
そばにいたい。じかにふれて抱きしめたい。
自分で決めたことなのに、私はよくそういう気持ちになった。
木崎くんに、私の思いが伝わったのかどうか、自信があるわけでもない。
それでも、離れたことで何かが変わるのだと信じたかった。
だって、寂しくても悲しくても、私たちは生きていかないといけない。
「葉月ちゃーん‥ こっちこっち、ここだよー」
清澄な空気漂う 秋晴れの昼休みだった。
提出用のノートを手に廊下を歩いていると、どこからともなく明るい声が聞こえ、私は振り返った。
辺りを見回すと、斜め向かいの校舎、音楽室の窓から沢田さんが顔を出し、手を振っているのが見える。
笑って小さく手を振り返すと、彼女は嬉しそうに手招きをした。
「葉月ちゃん、時間あるならここに来てー‥」
沢田さんの後ろには、彼女と仲のよい数人の女の子の姿も見えた。
ここ最近、よく話しかけてくる子たちだ。
いつもそろって楽しそうで、あふれるように笑い、話す。
「待ってて。ノート出したらすぐ行くね」
笑顔で答えると、私は急ぎ足で先生のもとへ向かった。
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