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「……いらない」
本当に消え入りそうなくらい小さな声で、ただ一言だけそう漏らす。
いらない。イラナイ。
自分を傷付けた、この女なんていらない。母親はとても優しい人だ。娘を傷付けるなんて有り得なくて。
ならこいつは誰だ。母親にそっくりな、この偽物は誰なのだろう。
「偽物なんていらない。殺してあげる」
手に持つ紅月。真剣のはずのそれは、普通なら小柄な少女が持てるはずはないのだが。
不思議とそれは羽のように軽くて、頭上まで楽々と振り上げられた。
目の前にいる女性の顔は、先程まで殺していた村人と全く同じ顔。怯え、恐怖、絶望。そしてなにより色濃く現れるのは屈辱。
こんな、十にも満たない少女に殺される事への屈辱がありありと浮かんでいる。
「や、やめ。やめなさい、晴陽(はるひ)!」
女性は逃れようと必死に後ずさりながら、自分の名前を叫んだ。一瞬。ほんの一瞬だけそれに違和感を感じた。
名前につけられている陽という言葉は、もっと明るい者に似合うものではないのか。
似合わないなんて言葉では言い表せないくらいの違和感が、その名前の中には存在している。
だから。
「……私に陽は似合わない。だから、自分の名前を晴夜(はるや)に変えます」
これでしっくりくる。小さく微笑んで晴陽は―――いや、晴夜は刀を振り下ろした。
「さよなら、お母さん」
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