変化

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「家に帰ったとき、母は危篤状態でした」 藤堂が再び口を開いて 綾女は顔をあげてその横顔を見る。 「剣を見せて、薬を買ってくると言うと、母はボロボロ泣き始めました。…どうしてか、分かります?」 不意に投げられた問いに困惑しながらも 「嬉しかったから?」 と答えると、藤堂は苦笑した。 「あの男の優しさが、嬉しかったんですよ」 「貰ってきたのは藤堂さんなのに?」 「それほどまでに、母はあの男を愛してたんです」 泣きそうに歪む表情に、 綾女は思わずその手を強く握った。 それを藤堂は愛おしげな表情で見て、足を止めた。 同時に綾女の足も止まる。 「その時、己の自惚れを悟りました。母に一番愛されているのは、俺だと思っていたのに」 藤堂の母親は、“藤堂平助"を愛していたのではない。 父親から授かった“宝物"を 愛し、壊さないようにと 守っていたのだった。 「母はそのまま、息を引き取りました。俺を、その目に写すことなく」 自嘲するような笑みを見せて 藤堂は再び歩みを進めた。 「俺は、生まれてはならなかった」 藤堂は、自分を責め続けた 自分が産まれなければ 母親は、死なずにすんだ。 屋敷から追い出されることもなかった。 そして同時に、 その仕打ちを与えた父を恨んだ。 「母が愛した父を、殺める事は出来なかった。でも、父親に復讐したくて…」 言葉の先は続かなかったが 綾女は理解していた。 それが恐らく、“昔の藤堂"が 恐れられる所以なんだろうと。 「藤堂さんに会えて、良かった」 綾女が足を止めて、藤堂が振り返る。 「辛いことを、沢山乗り越えて、今ここに居る藤堂さんが、私は好きです」 そこまで勢いで口にして 綾女は、しまったと慌てふためく。 「あ、いや、その好きって言うのは、深い意味は…ってて!」 藤堂に頬を抓られる。 「そんな必死に否定しなくても」 苦笑のような、それでいて 楽しそうな笑顔を見せる藤堂。 「ですから、綾女ちゃん。一人で抱え込まないで」 「藤堂さん…」 「俺と綾女ちゃんはどこか近い。話し相手には、丁度良いと思いませんか」 藤堂の笑顔につられて 綾女も嬉しそうに頷いた。 .
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