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女心は秋の空等と揶揄される筈の晩秋。
にも関わらず、其のひと月は雨どころか曇空すら無い、乾いた秋を迎えていた。
吉原の大見世が燃えたあの騒ぎより、二日後の事。
静かで、穏やかだ。
この小屋の中まで響いてくる波の音は、其の真中に力無く横たわっている男の耳を四六時中撫で続け、柔らかな日光が冷えた室内をほんのり暖めている。
生気無き、眼。
ずっと天井を見詰めている其れの傍に、静かに座り、見詰めている、もう一人の人。男物の着物だが、其の全身を隙間無く覆った包帯は其の者の姿を隠し、薬草の苦い匂いを漂わせている。…漸く見える、露出した片目。瞼無いらしき眼球はうっすら白く濁り、焼け爛れた皮膚の切れ目の中で僅かに揺れている。
「… 外、出てェなァ…」
何日振りであろうかと言う程に、久しく感じた。
布団の中にて、其れまでひくりともしなかった男が、掠れた声で呟く。炎の様に鮮やかな髪が少しだけ揺れ、妖の如きみてくれの隣人に目を遣り、弱々しく微笑う。
「……なァ。 手伝って…くれねェか…?」
言えば、其れは重そうに腰を上げた。ひく、と目が揺れ、どうやらはっきりとは見えていない様子。手探りも合わせて男の居場所を探り当て、背に腕を回し、大柄である男の身を静かに起こした。
「…わりぃな…お前も、そんななのによ」
男がそう言ったが、其れは反応しなかった。……出来なかったのやも知れぬ。
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