Opening

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   雪が降る。  二学期の終業式が、体育館で行われている。生徒達は一刻も早く、このつまらない校長の話から解放されたくてうずうずしている。  正直、この僕もこの場から開放されたく落ち着かなかった。  教員席に並ぶ教師の中で、これほどこの場から逃亡したいと思っているのは、きっと僕ぐらいのものだろう。    この高校に赴任してきて二度目の冬。新米だった去年とは違い、僕も教師として生徒達にも馬鹿にされないくらいに成長はした。  自分で言うのもなんだが、どうも僕は昔から器用貧乏のようだ。誰からも好かれ、女の子にも人気があり良く頼られるのだが、絶対に彼女は出来なかった。  そんな僕にも奇跡が起きたのだ。とても危うく素敵な奇跡が。    終業式が終わるなり、僕は体育館を飛び出した。とはいっても、生徒達のように本当に走り出したわけではない。出来る限り、早く。廊下を進み、階段を駆け上がる。  目的とする図書館をただ目指し。  一番奥の窓際の席、そこが彼女の指定席。入り口からは本棚の影になり、日当たりが良く昼寝にもちょうどいい場所である。  昔は他の先生達と一緒にいるのが窮屈で、良くその場所で授業の準備をしていた。それがいつの間にか彼女にとられてしまったのだが、代わりにその隣の席を得た。    僕がその場所に辿り着くと、彼女はそこに居た。消えてしまったのではないかと、抱いていた不安が一瞬で消えていく。腰までかかる長い黒髪をうねらせ、暢気に寝ている眠り姫。  彼女は寒いのか、コートを羽織ったままだ。おそらく、登校して真直ぐここに来たのだろう。今日も彼女は、教室にいっていない。  彼女の名前は西条揚羽。僕――手塚祐次の大事な教え子で、大切な恋人。
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