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出会ったのは去年の春。教師になったばかりの僕が初めて来たのが、この高校だった。
英語科教科担当。それが僕の肩書きである。担任として受け持つクラスがなかったのは、不幸中の幸いというとこだろう。それが残念なような、ほっとしたような気がするのは、やっぱり担任に憧れていたせいであろう。
何はともあれ。無事に教師になった僕は、始業式での新任教師挨拶の言葉を前日から念入りに考えメモした紙をながめ、なるべく覚えようとメモを凝視しながら頭の中で繰り返していた。
それがいけなかったのだ。英語科準備室に急いでいた僕は、向こうから歩いてきた彼女に気付かず思いっきりぶつかってしまった。
彼女も急いでいたようで、あまり前を見ていなかった。さらに、彼女は僕の視線に入らないほど身長が低かった。
小さな悲鳴と共に彼女は手にしていた本をぶちまけ、尻餅をついてしまった。僕は慌てて手を差し伸べ声を失ってしまった。
第一印象は日本人形である。最近、こんなに綺麗で長い黒髪の女の子が居ただろうか。目が大きく、その瞳も黒曜石の黒。あのときは驚きが大きくて気付かなかったが、今なら分かる。
僕はこの日、彼女に恋をしたのだ。
廊下に派手に散らばった本は、全てハードカバーの分厚いもの。十数冊はあるだろうか。きっと彼女は、前が見えないほど手に抱えて歩いていたのかもしれない。
そんなことを考えながら彼女を見ていると、その眉間に微かな皺が寄った。
「何、ぶつかってぼうっとしてんのさ」
明らかに不快さを全開にして呟かれた言葉に、僕は慌てて謝り本を回収した。手渡してみると、思っていたよりも数が多く、彼女が抱えると前が見えなくなってしまうようだ。
「あの、手伝いましょうか。どこへ運ぶのですか?」
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