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「最後まで苦しんで逝っちゃったね」
間違いなく顔を見るのはこれで最後になるだろう。見慣れた寝顔。
不意に視界が涙で歪む。隣の少女は、潤んだ瞳でじっと棺の中の少女を見つめている。
火葬場。告別の時。こんな日が来るなんて、思いもしなかった。
棺の中の少女の遺体に花を――少女が好きだった橙色のジニアを、手向ける。様々な思い出が――その子との思い出が、蘇ってくる 。
「安心して。俺達は受け止めた。見ただろう、最期に。だから――」
俺は優しく、まるで幼子に諭すような口調で。
「…ゆっくりお休み、オーエン…」
別れの言葉を、告げた。
涙が頬を伝って零れ、少女の頬に落ちる。
「お休み――大切な人」
俺は遺体の手をそっと握る。死後硬直のせいもあって、生きていたときのような暖かさはもちろん、柔らかさがない。当然のことだ けど、もう会えないのだ。
「俺はキミの願いを叶えるよ。だから、安心して」
大好きだった。大切だった。生きていて欲しかった。幸せになってほしかった。隣にいて欲しかった。
なのに。
「きっとまた、死後の世界でも、来世でも、会おうね」
少女は、死んでしまった。
オーエンは、死んでしまった。
全ての物語は、そこで幕を閉じた。
「そして誰もいなくなった」という本を知っているだろうか。
アガサ・クリスティーが最盛期に書いた、有名なミステリ小説だ。
U.N.オーエンと名乗る人物から、様々な経歴、年齢、性別の10人に1つの島への招待状が送られてくる。
そうして起こる、不可解な事件の物語が、それだ。
そんな小説を俺が知ったのは、もう10年も前になる。
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