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学生服に身を包んで通学鞄を手にしたら、靴を履いて右の爪先で三回地面を叩く。彼──浅見 啓士(あさみ けいじ)の毎朝の習慣だ。
玄関のドアを開ければ、広がるのは澄み渡った青空。一歩踏み出した彼の頬に、初夏の外気が触れる。襟足だけを残して短く切った黒髪を、少し熱気を含んだ風が弄んだ。
自宅から啓士が通う高校までは、歩いて五分程。ほとんど真っ直ぐ歩くだけで着いてしまうこの距離で、彼が遅刻をする事は無い。現にもう、校門の少し手前にあるこの曲がり角を過ぎれば良いだけである。
今日も余裕だ、と曲がり角に足を踏み入れた彼の視界に、小さな影が突然飛び込んできた。
「うわっ!!」
「きゃあっ!?」
飛び出してきた誰かにぶつかって、啓士は尻餅をついた。痛てて、と呟きながら、恨めしそうに相手を見やる。先程聞こえた声に、彼は聞き覚えがあった。
「痛いよ、監禁くん……」
「誰が“監禁くん”だ、誰が」
「いきなり飛び出して来るなんて酷いなぁ」
「そりゃこっちのセリフだっての」
溜め息をつきながら立ち上がり、彼は手を差し出した。
「大丈夫か、愛流(あいる)?」
地面に座り込んでいた少女──天見 愛流(あまみ あいる)が、へらっと笑う。差し出された手を取って立ち上がると、肩で揃えた髪が揺れた。頭上にピンと立った触角──もとい癖っ毛がチャームポイントの、可愛らしい少女だ。
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