序章ー始まりの始まり

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不吉だ。   十五の彼の眼に一瞬の闇とおぞましき映像が横切り、消えた。あまりにも無残なその映像に落ち着いてもいられず、深夜というのにコートを手に取ると廊下へと飛び出した。   「どうしました?!消灯の時間です」   寮監が青筋立てて現れる。オールドミスという言葉では収まらない程の寮監に、彼は黙って視線を投げかけた。 次の瞬間、寮監の顔色は上気した桜色へと変化、そればかりか、まるで生娘のようにもじもじと俯く。 彼は自分の容姿の価値と相手へ与える影響力を十分知っていた。さらに魅力に力を与えるその声を発すれば、男も女も彼から目を離せなくなる。   「申し訳ないが、屋敷へ帰らせてもらう」   「しかし、こんな深夜に…」   「失礼」   玄関を飛び出し、はたと気付いた。 屋敷まで徒歩一時間以上、後先考えず出てきてしまったことを少し悔やんだが、どうしても確かめずにはいられない。日頃の冷静さは吹っ飛んでしまい、とにかく走ろうとコートを羽織ったところで、背後から蹄の音が近づく。振り向くと馬に乗った同年代の少年の姿。   「後ろに乗ってください。送ります」   「すまない、ドーラ」   彼は二歳年下の少年の後ろにまたがると、腰に手を回した。   「よくわかったな」   「私もまだ寝ておりませんでしたので、貴方様の声が聞こえました。馬の貸し出しにつきましては、寮監主に許可を受けております。ご安心下さい」   「すまぬ」   「急ぎましょう。貴方様が受け取ったものはかなり深刻らしい」   馬に鞭を当て、全力で闇を駆け抜ける。しばらくして、彼が口を開いた。   「…何故、深刻な事態だと…?」   「物心付いてからのお付き合い、貴方様がこんなに冷静さを失うのは、初めて見ました。妹君…マーヤミーヤ様にも関係ある事なのでは…?」   「―杞憂で済めばよいが」   やがて立派な門構えが遠目からでも見えてきた。しかし…   「門が」   夜は閉じられているはずの巨大な石門が砕け散っていた。彼は馬から飛び降りると、屋敷へ向かって走り出す。ドーラも馬から降りると手綱を引いたまま彼を追った。壊れた門の傍には無残に切り刻まれた死体が二つ、三つ。
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