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“ちっ”と舌打ちを一つ。
女の腕と、女の持ち物らしきカバンと杖を拾って、向かいの歩道まで走った。
距離にして数メートル。
その間、女は声をあげずについてきた。
***
「──あの! ありがとうございました!」
頭を下げる女に、オレは何も言えなくなる。
丁寧に頭を下げられるなんていつぶりだ?
黙っていれば、女は顔を上げ、にっこりと微笑む。
「重ね重ねすみませんでした! でもおかげで助かりました! 本当にありがとうございます!」
久しぶりに見た人の笑顔。
ふらふらと女は腕をさまよわせ、目の前にあるオレの腕を掴む。
「お礼をさせていただけませんか? コーヒーぐらい奢らせてください!」
「はぁ?」
「あ、コーヒーはイヤですか?」
まじまじと女を見つめる。
なんだ、コイツは……?
そしてやっと気づく。
女の様子がおかしかった理由に。
「目……見えねえのか……」
「え? あ、はい!」
笑顔のまま、女は頷く。
健康そうなのに杖。
目の前にいるのに、ふらふらと探す。
ならオレから逃げねえのも分かる。
「えと……近くのスタバに行きませんか? 確かありましたよね?」
「あ、ああ……」
「なら行きましょう! ほら早く!」
ぐいぐいと引かれる腕に、オレは仕方なしについていく。
振り払ったら転んでしまうかもしれない。
なんともオレらしくないなと苦笑を浮かべ、女へと声をかける。
「おい。そっちじゃない。逆方向だ」
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