叫びの頻波

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「今言った通りよ。私はしばらく雪本翼の足取りと情報を調べるから、皆は無闇に探し回るのを控えてほしいの。辛いのは分かる。もどかしいのも痛いほど分かるけど、今は堪えてちょうだい。あんまり探し回りすぎたら、きっと雪本翼も今まで以上に慎重に隠れてしまう。尻尾すら掴めなくなっちゃうのよ」 「だけどよ。俺たち知ってるんだ。あいつが助けた黒髪の男と、一緒に逃げた女は幸恵さんとこのバイトだったそうじゃないか。もしかして、すでに何か知ってるんじゃ……」 男の指摘にドキッとするも、平然を装って幸恵は言葉を続ける。 「そうよ。二人は旅人で、資金調達のために短期で雇ってあげてたの。だから二人のことは何も知らないのよ。挙げ句、もう連絡も取れないし姿も見せないし、恩を仇で返されたようなものね。雪本翼との関係性があるのか、そこのところも徹底的に調べて、きっと追い詰めるわ……」 悔しそうに語る幸恵を目の当たりにし、戸惑ったように町民同士目線を泳がせるが、やがて覚悟したように頷き合った。 「……分かった。俺たちとしても、いつもいつも幸恵さんに頼ってばかりで、たまには俺たちだけで探そうとしたんだ。だけど幸恵さんがそう言うなら、その言葉に甘えさせてもらおうと思う。ここに居ない人達にも、伝えておくよ」 「足取りを追うとか、そういうのは私たち分からないから何も出来ないかもしれないけど、手伝えることがあれば何でも言って」 どこかやりきれなさそうに、でもしっかりとした声で向き合う町民達。そんな人々に安堵したように笑いかけると、幸恵は小さく息をはいた。 (さて。残りはあの遺体の件だけね) けれど、それも何の問題もなく片付くだろう。全ての段取りは、すでに幸恵の中で整っていた。 そして蜘蛛の子を散らすように各々去っていく皆を見送りながら、幸恵は空を見上げた。 ただ一つ。 何年も変わることなく抱いてきた、たった一つの願いを想いながら。
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