桜散るその下で

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    「社長。車が参りました」  優しく肩を揺すられ、「ううん」ぐずるように(うめ)く。  今は何もしたくない。このまま眠ってしまいたい。 「さあ。起きて……ちゃんと立ってください」  むずかる子供を(なだ)めるような声の甘さ。二の腕をやんわりと掴む指の長い手。その力が意外なほど強いことを私は知っている。  手を振り払いカウンターに身を預けたまま、乱れた髪を掻き上げ、鴇色(ときいろ)(かすみ)がかかった目を(またた)く。 「静流(しずる)……あなたは酔わないのね。つまらないわ」 「あなたを支えられなくなるのは、困りますから」  静流の腕に腰を抱かれ、名残惜しくもスツールを降りた。  静流はよろめく私の身体をしっかりと、肉づきの薄い胸に抱き、仄暗(ほのぐら)い店内から小さなネオンの(きら)めく店表へと出る。  春先の夜風がほてった頬や首筋をなぶり、私はぶるりと身を震わせた。 「寒い」 「()み過ぎるからですよ。早く車の中へ」  身を竦め、自分の腕を(さす)る私をタクシーに乗せ、するりと静流も隣に乗り込むと、行き先を告げる。  緩やかに走り出したタクシーの車窓を眺めながら、静流はさり気なく手を握り、私の身体を引き寄せた。
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