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「もうここへ来てはならない…。国王陛下はそう仰ったのでしょう?王子。」
魔女はしゃがれ声でそう言うと、下卑た笑い声を上げた。
深い森の奥に佇む古城の一室。
部屋に窓はなく、じっとりとカビ臭い闇が蟠(ワダカマ)っている。
不自然なほど赤色に燃える暖炉の炎が、この部屋唯一の光源だ。
暖炉の脇には豪奢な彫刻が施された木製のロッキングチェアが据えられており、その装飾に似つかわしくない、みすぼらしく小さな影がそれに腰掛けていた。
悪魔のように踊り狂う暖炉の紅蓮の炎は、そのみすぼらしい影の正体を浮き彫りにし、存在そのものの異様さをより際立たせていた。
醜く歪んだ影を持つもの。
魔女。
誰もがそれをそう呼んでいた。
扉が閉まり、金属の噛み合う音が密室を約束する。
暗い闇に閉ざされた部屋の戸口には、一人の人物が佇んでいた。
地味な色合いの旅人衣装に身を包んだ青年である。
青年は庶民的な衣服を身に着けてこそいたが、しなやかな体躯や優雅な物腰は、彼自身が高貴な生まれであるという事実をまるで隠しきれてはいなかった。
その容姿は眉目秀麗。
不気味に赤い明かりの中であっても艶やかに輝く、手入れの行き届いた豊かな黄金色の髪。
努力を知らない無垢な白さの素肌。
彼の知的さを表す長く繊細な指には、王家の紋章が刻み込まれた金の指輪が気高く輝いている。
この美しい王子は今、思い詰めたように優美な顔を歪め、海のように澄んだ深い藍の瞳で、魔女の姿だけをまっすぐに見つめていた。
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