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分かっていた筈。
覚悟していた筈。
青山龍という走り屋は、床に落ちた埃を一息で吹き飛ばすかの如く、簡単に常識を覆す。
気付けば相手の射程距離内。どうにかしたいのに、どうにも出来ない。
運転しているのは自分では無い。システムという未だ名前が定まっていない機械。
人の手による物ならば、無理してでもペースを上げるなり、走りに何かしらの変化があっただろう。
しかしシステムは違う。ドライビングの最適化を基本設計とされているシステムはそういった走りの変化を嫌い、トコトン現状維持を貫く。
何もしなくて良いのではない。何も出来ないのだ。
どれほど蓮がステアリングをこじろうと、システムはれを最適化。
どれほどアクセルを暴力的に踏もうと、システムはそれを最適化。
正常に作動しているシステムにとって、それらは全て飾りだ。
ジェットコースターとほぼ同じ。
自分で操作する事は無く、勝手にレールというコースを滑走するだけ。
手足を縛られているも同然の蓮は、眩い閃光を放つヘッドライトも気にせず、額に冷や汗を浮かばせながらも、蓮は後ろを見た。
鬼気迫るとは、正にこれを言うのだろう。
左の中高速を足掛かりに、Zは勝負を仕掛けた。
立ち上がりでNSXの左サイドへ猛烈な勢いのままノーズを突っ込む。
システムはそれを感知。蓮の意思は関係無く、自動的に他車との接触を避ける為にラインを融通する。
申し訳程度のストレートを抜け、大きく右へ回り込むコーナーへと差し掛かる。
進入の時点でZはNSXのすぐ真横にいた。そこからのブレーキングで、完全にサイドバイサイドの状態を作る。
こうなってしまうと、アルティメット・ストレートは出来ない。想定していたラインから大きく外れ、システムはただやり過ごすのを待つ。
旋回に入る。エキゾーストノートと甲高いスキール音が空気を震わせる。
この時、システムはアクセルを充分に開けていなかった。
すぐ真横にいるZに接触する危険性を回避する為の判断。
代わりに、ZはグイグイとNSXの前へと出ようとする。
───システムにも、弱点はある。
それは路面だ。非接触型の温度計で、路面温度を計測する事は出来る。
が、すぐ目の前の、砂の溜まった路面は検出出来なかった。
ミューの突然の低下。タイヤは路面を捉えない。
本来ならばシステムが即座に修正するが、それを行うには、距離が無さすぎた。
NSXの車体が、Zの右側面に直撃した。
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