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男が差し出したのは、ペンである。
明確に、分かりやすく言うならば万年筆だ。
それを落ちぬ程度に手の平で転がし、少女がそれを受け取る直前まで続けた。
否、受け取ったから止まった、と言った方が正しいだろう。
少女はペン先をくりくりと指で弄って見ては、その様子をわざとらしく男の眼に写す。
「先生、これは何ですか」
少女が口を開き出したその言葉は、疑問に満ちていた。
それをこぼさぬよう丁寧に掬い上げ、しかし一部のみを返答として返す。
「それは、万年筆だ」
男は少女を観察しながらにこにこと微笑み、次に出る言葉を待った。
さあいよいよ唇が動いた時、なかなかどうして、まだ数秒と起たなかったが面白い返答を返してきたのである。
「知っていますよ」
「そうか」
強がりや見栄ではなかった。
先程の疑問は完全に無くなっていたようで、秒未満にして完全に理解していたのだ。
正確に確信は無いのだが、どうやら理由を聞くのも馬鹿らしい。
微笑みを崩さぬまま、男は問い掛ける。
「じゃあ、僕等は誰かな」
と、今度は困り果てた様子の、少女。
落ち着かないのを隠さず、返答に困る。
「成る程。なら、ここは何処だ」
「な、見れば分かるでしょう」
「解らないんだ」
「……ここは学校です」
「成る程、学校ね」
そう言われれば、ああ周りを見て学校。
窓があり、机があり、黒板があり--。
ただ、しかし。
「学校の、何処かな」
「校庭です」
男は脳内で ほおら と呟き、微笑する。
どうやらこの世界は、自分を中心には廻らないようだ。
「何で校庭に居るんだか。まあ、良い。どうせどう足掻こうが捩曲げられる」
「何の話ですか」
「さあな。また、聞いて良いかな」
「……ええ」
「君は物語を読んだ事はあるかい」
少女は首を傾げる。
いや、実際にはどうなのか。
「ええ」
「作った事は」
「……ええ」
「作られた事は」
「よく意味が」
男は少女に渡したペンを強引に奪い取り、見下した様に言った。
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