第一章 助け船

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       1 秋も深まる霜月の夕べ、郊外にある南安寺には烏の鳴き声が遠くから聞こえる。 楠隆心は縁側に佇み、高台から街を望んでいた。 南安寺は都内ではなかなか広く、大きな墓地や火葬場もある。以前は副住職もいたが、今は住職は楠だけとなった。 墓参りのついでに顔を出す人間も多く、月に一度の説法は大変好評である。南安寺は地元と密接に結び付いていた。 なので、寺には御布施と称して多くの金が手元に入り、かなり南安寺は潤っている。しかし、楠には少し困った事があった。 地元の資産家で、付き合いの長い岡島和幸が寄付を止めると言ったのだ。 理由はわからないが、余裕が無くなった様な雰囲気も感じられた。岡島の妻・早苗は寄付の停止に反対らしいが、岡島は聞く耳を持たないそうだ。 岡島をどうして思い留まらせようと考えた。しかし、彼はなかなか頑固な性格だ、そう簡単にはいかない。 そんな悩ましい日々の中、楠は1つの結論に達した。 しかし、すべき時が来るまではじっとしよう。すべき時になれば躊躇はしない…楠は精神的に乱れる事は無い、今までの修行は喜怒哀楽や奥深い部分まで人一倍コントロールができる。 「住職!話したい事があるんだ!」 岡島が慌てながら楠の元にやってきた。 楠は岡島に背を向けたまま、すべき時が来たと確信した。
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