序 章

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   青々と茂った木々の若葉を感じながら獲物を追い、一気に山の中を駆けていく。すれ違う風は柔らかに、湧き上がる夏の暑さを癒した。  雄大に広がる青空に、羽を大きく広げ一羽の鷹が飛んでいく。その勇ましい声に誘われるように、林の奥を一匹の鹿が横切る。  鋭く構えられた矢尻が煌めいたのも束の間。大きく弦をしならせ、矢が放たれる。次の瞬間には鹿は一声小さくいななき、倒れた。   「小十郎、見たか!」    得意気に振り返り彼は言う。まだあどけなさの残る子供だが、面長で鼻筋の通った端整な顔立ちはどこか威風堂々とした威厳を漂わせている。残念なのはその右目が、黒い皮の眼帯で覆われていること。その下は既に光を失っており、目玉は無い。  彼の者の名は、東北が名門伊達家の輝宗が一子、藤次郎政宗である。  そして、その後を一歩送れるように付いてくる男が、彼の教育係兼お目付け役の片倉小十郎景綱である。物腰の優しい綺麗な顔立ちをしているが、油断のない眼差しは武将のもの。政宗より十も上だが、彼はこの年若い後の主君への絶対の忠誠を誓っていた。   「若、お見事です」 「そうであろう。以前より腕が上がったとは思わぬか!」 嬉しそうな声をあげながら鹿が倒れた茂みに政宗が駆け寄ると、その音に鹿は覚醒し、跳ね起きるなり逃げ出そうとした。   「うわぁつ!」    驚き尻餅をついた政宗の横をすり抜け、鋭く放たれた矢がその鹿を射た。狙いが少しずれていれば政宗に当たったかもしれない位置だ。しかし外さない確固たる自信が小十郎にはあった。その心意気もだが、腕前も実に素晴らしい。   「しかし、慢心はいけません。まだまだ某のほうが腕は上のようで」
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