シーン1:下弦の月

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なんて皮肉なことだろう。 まさか、こんな形で人生を終えることになるだなんて…。 いや、本当はわかっていたんだ。 最初から。 あの日、あの月夜に、赤い蝶を見た瞬間からずっと。 風は凪いだ。 初夏の夜、草原に微かな虫の音が響く。 湿った土と青々しい草の香りが立ち込めて、私の素肌を冷やす。 あぁ、体温が消えて行くのは夜気のせいだけではない。 腹から大量の熱が溢れ出しているからだ。 指先に触れる鋼の色は、冷徹で白々と冷たい。 感じる。 風に煽られていた髪が力無く垂れ下がり、頼りなく頬を撫でている。 自分のつま先が地面を踏みしめ、踵がしっかりと体重を支えている。 膝に小石が食い込んで、少し痛い。 腹から流れ出すあたたかい生命は、ねっとりと下腹部を撫で、内腿をつたい、地についた膝から柔らかい土へと染み込んでいく。 自分の感覚が研ぎ澄まされているのが分かる。 それなのに、何故だろう。 体を貫通している長剣の存在を、今は、感じない。 ゆっくりと顔を上げる。 月明かりの中、海のように波打つ草原が目に入った。 濃紺の空の彼方には、貴婦人のように穏やかな山陰が佇んでいる。 大地のさざ波が聞こえる。 空気が再び流れ出したのだ。 剣の柄を握り直すと、やっと腹に異物感を感じた。 同時に襲ってきたものは、痛みを超え、激痛をも超えた、酷く苦痛な感覚だった。 雷が体を貫いたようでもあり、一斉に針が全身へ突き刺さったようでもあり、氷に押し潰されているようでもあり、炎をまとった蛇が内臓を喰い破っていくようでもあった。 遠退きかけた意識を無理矢理引き留める。 まだ、終わっていない。 私は獣のように空へ吼えながら、長剣の刃を自分の腹へねじ込んでいった。 全身から汗が吹き出し、髪を振り乱し、喚き、叫び、それでも、腕に力を込めていく。 やがて、刃先が地面に突き刺さった。 私は身をかがめ、最後の慟哭と共に体を刃の根元まで貫くと、柔らかい草の波に倒れ込んだ。 一層強い、土と草の香り、そして汚い私の血の臭いがした。 叫びすぎて裂けた喉から溢れた血が、気管に流れこんでむせた。 咳き込む度に、ウジ虫が全身を食い潰していくかのような、ざわざわとした苦痛の波が広がった。 でも、もうどうでもいい。 汗にまみれた体は冷え切っていて、自分の物ではないようだった。
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