序章

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深紅の飛沫が、はぜた。 幸せな婚姻の儀は、血の宴に変わっていた。 飛び散った血はねっとりとしていて、白い肌をまだらに染める。 開いた唇から零れる吐息は白く染まるのに、痛々しい涙のあとが刻まれた彼女の頬は、瞋恚と憎悪に紅く染まっていた。 「…許さないわ…」 辺りに降りしきる六花より、尚、冷たい囁きが、血に濡れた雪原に落ちる。 温かな鮮血は、雪を歪に溶かす。 彼女を凛と見下ろしていた政宗は不意に、唇を歪めた。 「許さない…だと?」 政宗の細い指が愛姫のおとがいをすくい上げる。 互いの吐息が触れ合いほどに顔が近付き、政宗の左瞳に、蒼褪めた愛姫の顔が映り込む。 「…許さない?」 「ええ、許さないわ」 政宗の忍び笑いが落ちた。 直後、愛姫は無理矢理に唇を奪われていた。 氷のように冷たい唇、伝わる血の味に吐き気がこみ上げる。 「許さない…なら、俺の舌でも咬みきってみろ」 侮蔑を含んだ声音に、愛姫は、ぱん、と政宗の頬を叩いた。 「…見くびらないで」 冷ややかな怒声は、あまりの憤りに震えている。 「わたしは、坂上田村麻呂の末裔よ、そんな卑劣な真似はしない。 わたしは、あなたとは違う」 「…ほう」 面白い。 政宗の隻眼が煌めく。 「…わたしは」 愛姫は息を吸った。 鉄錆の匂いに似た血の臭気に、涙がこみ上げる。
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