酒は百薬の長

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「玉風って、若いよなぁ……」 紫清がぽつりと呟く。 「え?」 「何だよ、急に?」 玉風も交えて四人で飲んでいた時の事で、宵も浅く、肆には他に客もいない。 「紫清殿は、若く見られますよね?」 了唯が言えば、神鞍も頷く。 「俺は若いんじゃなくて、童顔なだけ」 「自分で言うんだ」と、三人は心の中で呟いた。 「この中では、俺がいちばん歳上だろう?」 「……そうだな?」 「玉風を見てると、俺も歳だなぁ……て思って」 三人は、顔を見合わせた。 どうにも、紫清らしくない物言いだ。 「何かあったんですか?」 「…………」 「何だよ、言ってみろ」 「……………て……言われた」 「え?」 「……に……じ……んて……」 「何て言いました?」 「だから、璃杏(リアン)に『おじさん』て言われたんだっ」 「「「…………」」」 一瞬、何を言われたのか分からず顔を見合わせた後、三人は視線を外して一斉に吹き出した。 「ひどい奴らだなっ」 「いっ、いや、だって……お前…………」 神鞍は笑いがおさまない。 玉風と了唯も、笑いたいのを必死に堪えている。 紫清の二人の兄は妻帯しており、紫清には五人の甥姪がいる。 中でも殊更に可愛がっているのが、五歳の姪っ子だ。 その姪に「叔父さん」と呼ばれ、紫清は愕然としたらしい。 「いや、間違ってはいない……ですよね」 「だって、今までは『清にぃに』って呼んでくれてたのに……」 「大人ぶりたい年頃なんでしょう」 玉風は苦笑しながら言った。 子供と言うのは、大人の真似をしたがるし、知ったばかりの言葉を使いたくなるものだ。 特に女の子はませているから、恐らく誰かに『お父さんの弟は、叔父さんて言うのよ』とでも言われたのだろう。 実は玉風も、黎明に初めて「風師」と呼ばれた時は少なからず動揺した。 「お前もいい歳なんだから、そろそろ身を固めたらどうだ?」 「神鞍にだけは、言われなくない」 尤もである。  二人とも二十代後半、それなりの貴族の子息なら、嫁も子供もいていい歳だ。 「お二人は、婚約者とかいなかったんですか?」 「いたよ」 「「「え?」」」 三人は一斉に紫清を見る。 「今は義姉(あね)だけど」 「あー」と声を上げたのは神鞍だ。 貴族同士の婚約は「家柄」や「年齢」で決められる事が多いが、幼い頃の約束なので、様々な理由で婚約者が兄弟間、姉妹間で代わることも少なくない。 「義姉はずっと、下の兄の事が好きだったんだ。十歳の時に『私は貴方の義姉になるわ』って宣言されたし」 「それは…………」 貴族の令嬢には珍しく、はっきり物を言う娘だ。 「まぁ、兄上は優しいから、義姉くらいしっかりした女性(ひと)で丁度いいと思うよ」 そういう相手を何のわだかりもなく「義姉(あね)」と呼べるのが、紫清のいいところだ。
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