野球少女

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満を持しての投球練習が始まった。 噂の転校生、しかも、迷うことなく我が校の強豪女子野球部に入部した。 誰もが驚いただろうし、誰もが無謀だと思ったはずだ。 今朝の自信満々の顔が、果たして本当なのか、俺はそればかりだった。 彼女の両腕が高く上がる。ゆっくりと右足が上がり、大きくステップ。同時に左腕が鞭のようにしなる。 腕の振りが速い! 表情はやわらかく、どこか楽しそうだった。 そして、ミットにボールが収まる―― そのとき野球部員の顔色が、一瞬にして変わったのを、俺ははっきりこの目でみた。 いや、見てしまった。 あの強豪チームの、俺たち男子にさえ臆さない彼女たちのを、だ。 静寂のグラウンドに響く、音。 さっきまでざわついていたギャラリーを、たった一球で黙らせた。 スピンの効いたボールが、次々にミットに吸い込まれていく。 思わず耳をすまして聞いてみたくなるような。 不思議だ。こんな気持ち。 乾いたミットが出す音が、なぜだか心地よく感じた。 じっと彼女の指先を、目をこらして見てみる。 彼女の美しいフォームから繰り出されるさまざまなボール。 ストレート、カーブ、フォーク、他にも変幻自在にボールを投じた。 すごい。 底知れない、まだまだあるんじゃないか、そういう声がだんだん後ろから聞こえてくる。 俺も、開いた口がふさがらなかった。 「なんだよ…これ……」 どれもこれも、女の子が投げるような球じゃない。 それを、涼しい顔して、あの子は。 あの転校生は一体。 不思議な思いが胸をいっぱいさせたが、結論はひとつだった。 「すっげぇ…!」 鳥肌が立った。 小さいころ、初めてプロ野球をみたあの時にどこか似てる。 俺はいつの間にか、吉川亜澄という投手に見入っていた。 そしてそれは今ここにいる全ての人がそうに違いない。
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