野球少女

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俺は吉川さんを見つめたまま、ある種の無心状態に陥った。 ぽーっ…と、彼女以外の景色がぼやける。思考も、かなり単純になった。 あれどうしてだろう、目に映る吉川さんが徐々に大きくなる。 足が勝手に立ち止まる。歩いていたのか? するとお次は、口がひとりでに開いた。しゃべるの、俺? 本当にそんなような感覚だった。 そして―― 「好きです! あなたの! 吉川さんのピッチングに惚れました! 俺にピッチング教えて下さい!」 気がついたら、俺は必死の思いで叫んでいた。 知らないうちに、吉川さんの近くにいた。 練習中とか、そんなの、今の俺にはまるで関係なかった。 そんな俺に対して、動きをとめて固まる吉川さん。 いきなりのことで、そうとう困ってるらしい。ま、そうだよな。 しかし、答えは違った。 「へ……? そんないきなり言われてもっ! あ…でも嬉しい……そんなこと言われてたことなかったからっ…」 え…言われたことないって、嘘だろ!? ふと見ると、吉川さんの顔はいつの間にか真っ赤になっていた。 とっさにグラブで顔を隠すも、耳に髪をかけていたせいでその耳も赤いのがバレバレだった。 帽子とグローブのほんの少しの間からしかみえない、赤くなって照れる彼女は、男なら同じ感想を持つだろう。 これが世に言う、可愛い、なのだろう。 しかも、この位置からしかわからないだろうという点において、俺はとても得をしていると思う。 本当、女子力の高いこと高いこと。 というか、元気少女、案外恥ずかしがり? っていうか、そんなに恥ずかしいこと言った? いや、そんなことより! ひるまず俺は吉川さんの目を見続けた。 「だからその……俺にピッチング教えてほしい! もちろん吉川さんの邪魔にならない程度でいいです!」 そして目一杯頭を下げて頼み込んだ。 チラリと上の彼女を見ると、グローブの網の間からこちらを見ていた。 どうやらまだ頬を少し赤く染めているようで、恥ずかしいのだろうか。 なんだか、異様に可愛い光景を見ている気がするが、今の俺にはどうでも良かった。 もう一度頭を下げる。 「うん……わかった! 色々これからお世話になるだろうし、それくらいなら大丈夫! いいよ!」 再び顔を上げてみると、今度は手を後ろに組んではにかむ吉川さんがいた。 やった! なんかすげー嬉しい! あのピッチングを、やった! こんなことって!
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