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「何」
「あ、えっと…。ピアノ、ありがとう」
「………………」
証はじっと柚子を見つめた後、肩をすくめた。
「俺がいる時は弾くなよ。下手なんだろ」
「…………わかってます!」
柚子がムッとしたように口を尖らせると、証はフッと微笑した。
それは今まで柚子に見せてきた皮肉な笑みではなかった。
笑ったというよりは唇の端を持ち上げたという感じだったが、見慣れないものを見た柚子は驚いて目を丸くした。
だがすぐに証は笑いを収め、寝室へと入っていった。
(………変なの。なんか……機嫌いいの、かな)
台所へ向かいながら、柚子は首を捻った。
朝はひどい仏頂面で、これ以上はないというほど不機嫌だったのに。
裸エプロンの件で文句の一つも言いたかったのだが、すっかりタイミングを逸してしまった。
掃除をしている時にピアノを見つけてテンションが上がったが、証が弾かせてくれる訳はないと頭から決め付けていた。
それなのにまさかあんなにあっさり快諾されるとは思ってもみなかった。
(調子狂うな、もう。五十嵐さんの言う通り、ホントに難しい性格だわ…)
これからの10ヶ月間、証の顔色を窺いながら毎日ビクビク生活しなくてはいけないのかと思うと、柚子は急激に疲れを覚えたのだった。
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