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日が傾きだす夕暮れ時。
たくさんの子どもたちが一斉に下校をする時間帯。
楽しそうに笑う子どもの絵が描かれたバスが、住宅地の中に停まり、そこから何人かの幼稚園児が降りた。
『せんせい、さようなら。』と元気な声で挨拶し、すぐにそれぞれの母親の元に駆けだす園児たち。
その中で、頬を上気させ、
必死に小さな足を動かしながら目的地へと急ぐ女の子の姿があった。
二つ結びした髪がぴょこぴょこと弾ませながら、走る女の子。
やがてマンションの一室にたどり着くと、
そのドアを開けると同時に、笑顔で叫んだ。
「ママーッ!!」
どたどたと、足を滑らせながらも廊下を走り抜ける小さな影。
女の子は黄色いリュックサックを放り投げ、一目散にリビングに向かった。
「ママ!ただいま!!あのね、りな、きょうようちえんでね、」
ソファに飛び込んで、大好きな『ママ』に向かってそう話しかけるが…返事がない。
少し色素の薄い茶色の髪を揺らし、
『あれ?』と首を傾げると、横からべしっと頭をはたかれた。
「…うるさい、莉那(リナ)。母さんなら寝てる。」
「おにいちゃん…いたい。」
目をうるませながら女の子は、自分を叩いた相手―彼女の兄である省悟(ショウゴ)を睨んだ。
省悟はちらりと妹を一瞥すると、何事もなかったかのように読んでいた本へと目線を戻す。
その態度もまた、なにか馬鹿にされているみたいだ。
莉那はむーっとふくれた。
「……ママ、ねちゃったの?」
「そう。静かにしとけ。」
「え~そんなぁ。りな、みせたいものがあったのに…」
「後でいいだろ。それよりおやつがあるから、手、洗ってきなよ。」
「はーい…」
不服気に口をとがらせていた莉那だったが、『おやつ』と聞いてすぐに立ち上がる。
見た目と同様にかわいらしい脳は、
さっさと『今日のおやつは何か』という疑問で埋め尽くされたのだ。
まったく、単純なやつ…
省悟はスキップしながら洗面所に消える莉那を見て、ふっと笑った。
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