焦がれし者の円舞曲

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「…あ」「…えと」 同時に声が出て。 同時に黙り込む。 「…陽子なら、孝喜と昼飯の買い出しに行った」 「…あ、うん」 また、沈黙。 「約束してるのなら、陽子と帰ってもいいから。こっちは二人でも大丈夫だし」 「うん」 ちらっと上目遣いに見上げた後、目を伏せる。 この行動は、昔からの行動。 「…言いたい事は、言ってしまえ」 凜太郎が怯むのが、解った。 解り易いのは、素直な性格だから。 俺が好きだと思っていた、彼の性格。 「何を言われても、気にしない」 責めたいなら、責めてくれても、構わない。俺は、もう決めたから。 「ただ、お互い、もやもやを抱えたままで別れるのは、止めよう」 せめて、『親友』だった事を、忘れたくない。 唇を噛み締める相手を、真正面から見ていた。 好きだよ、凜太郎。 好きだからこそ、君には幸せになって欲しい。 心の底から思っているよ。 これからも、ずっと。 凜太郎が顔を上げた。 睨み付けるように、俺を見て。 「殴ってくれ」 …「なんで」 殴る理由なんて、何かあるか? 「だってさぁ、このままじゃ、俺、速人の親友失格じゃないかー」 目がうるうるし出して。 「俺が自分の事しか考えてなかったから、言い出せなかったんだろー」 いや、片想いの相手がお前なんだから、何があっても言えなかったんだけど。 とは、さすがに言えずに沈黙。 「勝手に陽子の事を好きなんだと思い込んだり、絶対、陽子を渡さねーとか言ったり、突っ走って、速人の気持ちを確認する事、忘れてた」 とんでもない、馬鹿だ。 「だから、殴ってくれ」 「嫌だ」 「なんで」 真剣な表情の凜太郎に、真面目に答えた。 「手が痛くなるのは、荷造りに支障が出る」 ………「えぇっ! そんな理由!?」 何もそこまで驚かなくても、いいだろう。
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