恋よ美しくあれ

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 今から思い返すのは、自分の初恋の物語。  いつか誰かに語る事もあるだろう。  けれど、あの時間に感じた様々な事を風化させぬように、今、私はここで言葉にする。  忘れもしない、中学一年の時の事。  私は、あの子の声から恋を学んだのです。 ◆ 「ここからここまでを――」  国語担当の山下が朗読させる奴を選ぶ。  何人かに分けて朗読、なんて小学校でもやったけれど、まさか中学校でもやるとは……。ガキすぎない? 頭悪いのかな、あいつ。  幸い、あたしは当てられる事は無かった。当てられたのは隣の谷崎って男子。ラッキー。  当てられた奴は大抵返事をするんだけど、こいつは首をこくんと縦に振っただけで終わった。またか。  実は、あたしは一度もこいつの声を聞いた事が無い。だから、ちょっとどんな風に喋るのか興味があった。  先月入学した時に自己紹介とかもあったけど、その時は席も離れていたし、おとなしそうな草食系男子には興味無かったからスルーしてた。  そして今月席替えをしたわけだけど、全然声を聞く機会も無い。授業とかでも滅多に当てられないって逆に凄いと思う。  別に友達が居ないわけじゃなくって、いつも友達に囲まれてるんだけど、その中でもこいつは全くと言っていいほど何も喋らない。あたしが知らないだけで実はどこかで喋ってるのかもしれないが、大抵のこいつはただ微笑んで肯いているだけ。  だから、いつか聞いてみたいと思っていたんだ。  山下がランダムに選んだ子達がたどたどしく朗読していく。やがて、谷崎に回ってくる。  遠慮がちに椅子を引く音。教科書を持った谷崎の横顔を、一瞬だけ見た後、自分の教科書に視線を戻す。字を追う振りをしながら耳をすます。  谷崎がわずかに息を吸う。  聞こえてきた声は、天使のようだった。  
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