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実のところ、私と阿坂くんの間に会話が成立したのは、これが初めてだ。彼はあまり口を利かないし、私となんの接点もない。まともな挨拶すら交わしたことがない。原因は、彼の儚げな雰囲気ではなく、私が避けていたからだ。正直、あまり彼とは関わりたくない。なので、こんなに自然に話しかけられたことには、多少動揺していた。
「帰りたくないんでしょ」
何気なく発された一言に、私の動揺は振り幅を大きくした。視線を彼に戻すと、彼は教科書を鞄にしまうところだった。
「お母さんと喧嘩したんだっけ?」
「……なんで知ってるの」
「盗み聞きなんて質が悪いと思うけど、君と友達の話を聞いたんだ。──いや、偶然聞こえたというのが正しい」
いろいろな気まずさから、私は目を逸らした。まさか彼の口から「お母さん」という単語が出てくるとは。
「帰ってあげなよ。心配するよ」
「しないわよ、そんなの。だってあの人言ったもの。『文句があるなら帰ってこなくていい』って」
「それで本当に帰らないつもり?」
単純だね、と彼はクスクス笑った。
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