おっさにずむ

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朝、目を覚ますと枕元におっさんがいた。 それもただのおっさんではない。 手乗りサイズの小さなおっさんだ。 スーツに身を包んだおっさんは、ちんまりと正座したまま呆然と瞬きを繰り返していた。 「誰だあんた」 俺は叫んだりしなかった。 人間、恐ろしく理解の範疇を飛び越えた出来事に遭遇すると、返って冷静になるものらしい。 「君こそ誰だ。なぜそんなに大きいんだ」 俺を指差すおっさんの手は震えていた。 無理もない話だ。 何せおっさんは俺の親指ほどの大きさしかない。 俺は部屋を見渡した。 テーブルもベッドも、家具はすべて俺の体に見合ったサイズだ。 俺が巨大化したわけではなく、おっさんが小さいだけだ。 そう説明してやってもよかったのだが、あまりに非現実的な生物を 前に、それすらも面倒になってしまった。 「これは夢だ」 俺は断言した。 「なるほど、夢か」 おっさんはたちまち安堵の表情を浮かべた。 俺も自分自身の口から出た言葉に納得した。 夢の中で眠るというのもおかしな話だが、午後四時、俺は本当に目を覚ました。 おっさんの姿はない。 ほっとしたのも束の間、用を足そうとトイレのドアを開けたら、便所マットの上におっさんはいた。 危うく踏み潰すところだった。 俺がうわっと声を上げると、おっさんは泣きそうな顔で振り返った。 何か言っているのだが、声が小さくて聞き取れない。 後ずさりながら何だよと訊き返すと、半ばやけくそに、用を足したいんだと怒鳴られた。 便座が遠くて困っていたらしい。 股間を押さえてもじもじする姿が気持ち悪かったので、望み通りおっさんをてのひらに乗せて便座へ立たせてやった。 髪の薄い頭を見下ろし、俺は眩暈を覚えた。
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